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国際シンポジウム「近隣アジアの市民の目に映る『ニッポン』−この70年の対日イメージの変遷」開催報告

清泉女子大学大学院地球市民学専攻は同専攻創設10周年を記念して、2015年11月7日、同大学1号館で、公開国際シンポジウム「近隣アジアの市民の目に映る『ニッポン』―この70年の対日イメージの変遷」を開催いたしました。

清泉女子大学生涯学習センターと同大学ボランティアセンターが協力し、品川区と地球市民学会(同大学地球市民学科の学生で組織)が後援してくれました。

本ホームページでは、シンポジウム第1部の「研究報告」で、アジア各国5名の学者が研究発表に際して使用したパワーポイントの資料を掲載します(発表後、多少修正されたスライドを含む)。


シンポジウムの趣旨

2015年は、第2次世界大戦の終結から70周年の節目の年でした。かつて日本帝国の植民地や軍事占領下に置かれた近隣アジア諸国の人々はこの間、日本や日本人に対する認識やイメージをどのように変えたのでしょうか。日本の官民による途上国援助、加速する日本企業の進出や日本文化の浸透、さらには「安倍談話」や安全保障関連法成立など、日本における最近の重要な動きも含めて、アジアの隣人たちは「ニッポン」をどのようにとらえているのでしょうか。

上記のような問題をテーマとし、日本と近隣アジア諸国の真の和解策の模索や市民間の相互理解の促進を目的に開催いたしました。ここには中国、韓国、インドネシア、フィリピンのアジア主要4カ国から、自国民の対日認識・イメージの問題で研究実績のある知日派の学者が参加し、流暢な日本語で研究成果を報告してくださいました。清泉女子大学大学院地球市民学専攻教員の東アジア平和構築に関する発表、報告者全員に同大学教員を交えてのパネル・ディスカッションや会場との質疑応答も行い、「地球市民」として今後、取り組むべき課題を探りました。


シンポジウムの概要

第1部では、自国民の対日観などで研究実績のある王偉教授(中国社会科学院)、金泳徳氏(韓国コンテンツ振興院)、バクティアル・アラム上級講師(インドネシア大学)、カール・チェンチュア准教授(アテネオ・デ・マニラ大学)の研究報告、さらには清泉女子大学の松井ケティ教授による東アジア平和構築へ向けての実践報告が行われました。

第2部では上記5名に、アジア各国の事情に詳しい辰巳頼子・清泉女子大学地球市民学科准教授も加わってのパネル・ディスカッションが行われました。

シンポジウムは約4時間に及ぶものでしたが、学部生・大学院院生を含む100名余りの参加がありました。聴衆からの質問への回答なども含め、東アジアの相互理解や地域の融和に向けて多くの具体的提言も出される、有意義な議論が展開されました。



プログラム
第1部 研究報告

王偉(中国社会科学院日本研究所教授)
「中国人の対日観の近年の変遷~中国人の見た日本と中日関係~」

金泳徳(韓国コンテンツ振興院海外調査チーム長)
「韓国から見た対日観」

バクティアル・アラム(国立インドネシア大学人文学部上級講師)
「インドネシアにおける日本観の変遷−−日本軍政時代から民主化まで」

カール・イアン・チェンチュア(アテネオ・デ・マニラ大学日本研究学科長)
「フィリピンにおける日本文化浸透と対日認識の変化」

松井ケティ(清泉女子大学大学院地球市民学専攻教授)
「東アジアの融和に向けて」



質疑応答・討論子コメント

大野 俊(地球市民学専攻主任=コーディネーター):
第2部では、まず会場からの質問 [先にアンケートに記入してもらい、休憩時間に回収] について報告の先生方に答えていただきます。会場からの質問は王先生に集中しています。王先生には、とりあえず以下の三つの質問についてお答えいただけますか?

① 中国の学校教育では、生徒は何歳から日本について学ぶのでしょうか?

② 中国における対日世論の調査の結果が、中国社会科学院が実施のものと、言論NPOなどが実施のものでは多少異なりますが、その理由や背景は何でしょうか?

③ 中国国内で日本のイメージが良くないのは、中国国内における「反日プロパガンダ」の影響が大きいのではないか?また、言論統制がされている中で対日イメージの改善は難しいのではしょうか?

王 偉(中国社会科学院日本研究所教授):
皆さまが中国に関心を持ってくれていることに大変、感謝します。

最初の質問ですが、中国の学校では、10歳ぐらいから歴史・社会について勉強します。[日本との関係については] 近代史の中で一般の常識として教えられている。中国の近代史は、抗日戦争をはじめ、すごく日本と関わりを持っている。結果として、日本に関わる内容が多くなっています。

二つ目の質問だが、年度によっては差があることは確かですが、全体的な傾向としては同じようなものです。中国社会科学院による調査は、農村部を含めて広域に実施しており、経済成長が遅れ、学歴がそう高くない人も多い農村部の人たちも調査対象になっています。一方、言論NPOなどの調査は、5都市に限定しています。このため、統計的に多少の違いが出ることもありますが、趨勢としてはそう違いはありません。

三つ目の質問に関してですが、私は10年くらい前、日本人の中国観・中国人の対日観がテーマの中日のシンポジウムに参加・研究発表したことがあります。そこでも述べたことですが、1国のイメージ形成は四つの要因があると思います。その四つの要因とは、①民族あるいは集団としての文化的・歴史的要因、②マスメディアによる社会的要因、③政府による政策的要因、④個人による経験的・体験的要因―です。

この中で最も重要なのは、民族あるいは集団としての文化的・歴史的要因です。それによって、マスメディアの伝え方も政策も変わってくるし、個人の経験も、同じものを見たとしても、得るイメージが違うと思います。

中国の言論についてですが、日本のように新聞・テレビなど公の場で何でも言えるということはないが、個人的には何でも言えます。今はインターネットが非常に発達していて、歴史的にみた場合には非常に自由になっています。たとえ習近平・国家主席の悪口を言っても、罪に問われることはありません。

中国人の日本に対するイメージが結構変わったのは、個人の経験も重要です。日本を訪問した中国人がブログなどに書いたりして、日本を訪問したことがない者もそれから影響を受けることもあります。言論統制についてですが、中国の体制批判のようなものを除けば、統制はないと思います。

大野:次は、金さんへの質問です。日本における韓流と同様に、韓国でも日本の大衆文化の受け入れが進んでいますが、それが日本に対する信頼や対日イメージの向上につながっていないことを、私たちはどう理解したらいいのでしょうか?

金 泳徳(韓国コンテンツ振興院海外調査チーム長):
日本への信頼についてですが、歴史認識の問題が影を落としていると思います。[韓国の対日関係は]日本の植民地時代だけでなく、1592年の、日本で言う [豊臣秀吉政権による] 朝鮮出兵にまでさかのぼります。歴史が長く、根深いものがあります。これが、信頼度に大きく影響していると思います。

信頼度を高めることは難しいことですが、それよりも相手国への見方を多様化していくことがもっといいと思います。私は先ほどの発表で、日本のアニメが好きな韓国人が「日韓関係が悪くなると複雑な気持ちになる」ケースを紹介しましたが、その一言に反映されていると思います。日本のアニメが好きでなければ、複雑にならなかったかもしれないし、[対日感情が]もっと厳しいものになったかかもしれません、日本の大衆文化を好きな韓国市民の中に「盲目的に日本を批判するのは間違っている」と考える人がいるのは、大衆文化の影響の一つと見ていいと思います。

大野:次は、アラム先生に質問です。第2次世界大戦中、日本の侵略を受けたことに関連し、[インドネシア人は] いまの日本や日本人には何をして欲しいのでしょうか?

バクティアル・アラム(国立インドネシア大学人文学部上級講師):
私の先ほどの発表で指摘したのは、インドネシアとフィリピンの世論調査で日本軍の戦時中の行為について許すか否かの質問について、ほとんどの回答者が「許すべき」と答えたということです。それを日本に願っているということではありません。

歴史認識は複雑で、重要な問題です。最近、ジョン・ダワー[マサチューセッツ工科大学名誉教授]をはじめ米国の日本研究者ら100名以上が連名で「日本の歴史家を支持する声明」を出しました。 これは、政治的影響を排除して、国の立場を超えて、歴史学者として出されたものでした。ここでは、慰安婦問題についても言及され、日本だけでなく韓国・中国の「民族主義的暴言」でゆがめられた、と指摘されました。慰安婦の問題は、日本・韓国・中国の「政治的暴言」によって影響されたということです。

私がインドネシア人としてというより社会科学者として言いたいことは、自分の国の過去と向きあうことはいかに難しいかということ、そして、それはどこの国でも同じということです。これをやるからこそ、我々は社会科学をやっているのではないかということです。(会場から拍手)

大野:次は、カール・チェンチュア先生に質問です。フィリピンでは一時期、この国での日本軍政に関連して「I will forgive you, but I never forget.」(私はあなたを許すが、忘れはしない)という言葉がよく使われました。現在もそうした「許しの文化」はありますか?

カール・イアン・ウイ・チェンチュア(アテネオ・デ・マニラ大学日本研究科長):
今もあります。フィリピンは国民の8割余りがカトリック教徒です。カトリックやキリスト教の宗教的影響があり、過去の問題はあっても「許す」ということが大事にされています。それは忘れたということではなく、歴史ではきちんと述べないといけないということです。

ところが、今は、日本だけでなく、フィリピンでも第2次世界大戦時のことを全然知らない若者が多いのです。アニメなど日本の大衆文化が[フィリピンにも] たくさん入ってきて、いいことも多いのだから、もう許していいのではないかというのが多くの若者の意見です。

大野:最後は、地球市民学科の教員からとみられる質問です。海外からの発表者全員に対してですが、それぞれのお国では、「市民(citizen)」や「地球市民(global citizen)」というような言葉や言い方はどういう意味で使われているのでしょうか?

:中国にも「市民」という言葉はありますが、たぶん質問者の言う「市民」とは少し[意味が]違うと思います。東京だと「東京都民」、北京だと「北京市民」という言い方をしますが、地域に属する人のことを「市民」や「区民」と言います。

ご質問の「市民」という言い方については4、5年前から議論が盛んになって、「市民」がいいのか「公民」がいいのかと、議論されたことがあります。結局、中国の言葉の習慣から「公民」の言い方が圧倒的に多く支持されました。

「地球公民」という言葉はいま、使われる場合があります。日本での「地球市民」とはほとんど変わらない意味で使われています。

:韓国では、「市民」は1980年代後半以降の民主化の中で生まれてきた言葉と認識しています。政府に反するような、反政府的な立場としての「市民」という感じです。「市民の立場で行動を起こす」というイメージが強かったです。

その後、野党側が政権を握り、いまは保守が政権の座にあって、保守側に近いような「市民」も生まれてきています。1980年代後半、90年代は反政府的な色合いが濃かったですが、政治的影響もあって、いまは「市民」のあり方が混乱しているという感じです。

「地球市民」についてですが、韓国には「地球村」という言い方はあります。しかし、「地球市民」という言葉や言い方は余り聞いたことがありません。

アラム:簡潔に言うと、インドネシアでは「市民社会(civil society)」や「市民」という言葉には、ものすごくポジティブなイメージがあります。韓国と共通する部分もあります。スハルト政権時代には中央集権制がありましたが、それに抵抗してきたのが市民社会でした。

市民社会はかっては左翼的なイメージが強かったが、いまの市民社会・市民運動のコンテンツは、マルクス主義や共産主義的なものではなく、人権、環境、ジェンダーなど、新しい分野のものに進化してきています。我々のような知識人が関心を持っているのは、このような、イデオロギーとはかけ離れた問題です。ところが、右翼的な発言をする人は相変わらず国粋主義的なことを言っています。日本、米国、インドネシアの保守は同じような傾向です。これは、地球社会の大きな問題です。

「地球市民」に関してですが、インドネシアでは「ネチズン」(netizen=ネット市民)」が重要になっている。[2014年の] ジョコ大統領の誕生においてもネチズンの働きが非常に大きかった。ネチズンは人権、環境、ジェンダーなどの問題に熱心で、非常なリベラルな立場を維持しています。しかし、日本では「ネット右翼」という言葉があるように、ネチズンが右傾化する傾向が強い。私たちは、日イ[日本・インドネシア] の対照でこの問題を考察する必要があります。

チェンチュア:フィリピンでは[市民は] いい意味ですが、政治的というより言語的な問題として説明をしたいです。フィリピンの中には多くの民族があるので、民族のアイデンティティが重要であり、どういう[民族や言語の]市民であることに注意を払う必要があります。

また、フィリピンでは「global citizen」という言葉はよく使われます。フィリピンから出て、[海外の]どこかで生活しているフィリピン人のことを指す場合が多いです。

大野:フィリピンは「OFW」[Overseas Filipino Worker = 海外フィリピン人労働者] として国民の1割にあたる約1,000万人が海外に出て働いている国です。彼らを指して、「global citizen」や「global nation」という言葉を使うこともよくありますね。質疑応答はこれくらいにさせて頂きます。


討論子コメント

続いては、アジアの問題に詳しい辰巳頼子・准教授に、第1部での各教員のご発表や先ほどの質疑応答も踏まえて、10分以内でコメントをお願いします。

辰巳 頼子(清泉女子大学地球市民学科准教授):
私はこれまでフィリピンに調査で数年間住み、ムスリムなどマイノリティの人類学的研究にあたってきました。アジア各国の対日観を専門にしているわけではありません。ただ、この10年間くらい本学のフィールドワーク科目で学生たちをアジアのいろいろな場所に連れて行った経験があります。連れていくといっても、学生自身が計画し、訪問の場所や見聞の対象などについて決めていきます。そこで学生たちのステレタイプやいかに感じるかなどを観察しながら、研究してきました。

先の先生方のご発表や応答は興味深く伺い、また感銘を受けました。その中で感じたことをいくつかご報告したいと思います。

一つは、国や資本など様々な制約の中でも、モノや人やカネの移動が進み、ポジティブな面が明らかになっているということです。移動しているコンテンツが多様化し、同じコンテンツが様々な国で共有されるようになってきています。

例えば、村上春樹の小説がそうです。私の仲の良い韓国人は「ハルキスト」で、日本語も書くことができますが、村上春樹のような日本語の文章を書きます。優れたコンテンツが簡単に国境を超え、それが市民の考え方の中にすっと入っています。著作権、翻訳者の問題などを一つひとつクリアし、世界各国、アジアの国々で読まれるようになってきました。

私はつい最近までフィリピン・ミンダナオの僻地に出張していましたが、そこでもマンガがとても人気で、現地の人たちはその話やフレーズ、考え方をよく知っている。既知感とか、親近感があります。このことからも、私たちは未来に明るさを持てるように思います。

その一方で、身の回りに情報が多く、アクセスしやすいがゆえに、誰もがそこに入り込み、まとめてパッケージにしたり、利用することができるようになってきました。日本では「2ちゃんねる」などサイトの研究がありますが、情報が選択され、利用され、曲げられていくことがあります。それを、あたかも実際のやりとりかのように思い込んでしまうことに気をつけないといけません。

人類学者の立場からすると、[海外の] 普通の人々、一般市民が「日本」をどういうものとして考えるかという問題は非常に大事と感じています。マイノリティの人々のところに行くと、日本(日本人)はNGOからお金をもたらしてくれる人々であり、働く糧を与えてくれる人たちでもあります。日本を訪問してブログでその情報を広める人たちもいますが、そこまで至らない人たちが大勢いることにも注目を忘れてはいけません。

また、私は来年 [2016年] のフィールドワーク授業で学生たちを対馬などの辺境に連れていく予定です。各国の中央などに住んでいる人たちは国・ネーションの単位でものごとを考え、メジャーなディスコース(言説)にとらわれがちですが、辺境で日々、暮らしている人たちはそれを客観化しています。私たちはそこから学ぶ必要があります。

最後に付け加えますと、アラム先生の発表にもありましたが、災害をきっかけとした絆に大きな可能性を感じています。これは、金さんの発表にもあった共存共栄モデルにも関連します。

私たちは災害を抱える国です。日本では2011年に大きな災害[東日本大震災]がありましたが、そのときの世界の災害ランキングを見ると、日本よりも上位のアジアの国がいくつもあります。そういう国々では洪水など大きな自然災害に見舞われています。そこではNGOや一般市民を含めて、災害の経験や知識を共通しつつあります。そういうモデルが新たな未来を切り拓く、一つの窓口になるのではないかと思っています。

(以上、敬称略)


第2部 パネル・ディスカッション
パネリスト:上記報告者と、辰巳頼子・清泉女子大学地球市民学科准教授
コーディネーター:大野 俊・清泉女子大学学院地球市民学専攻主任

大野 俊(清泉女子大学大学院地球市民学専攻主任=コーディネーター):
ここからはパネル・ディスカッションに移りたいと思います。会場からの質問・ご意見も踏まえて、三つくらいのテーマで議論を進めていきたいと思います。

まず、一つ目は、この夏、戦後70周年の節目の年ということで、安倍晋三首相による、いわゆる「安倍談話」が発表され、近隣アジアからも様々な反応がありました。また、日本では、野党や多くの市民の反対を押し切る形で安全保障関連法案が国会で採決され、成立しました。この法案成立についても、東南アジアと北東アジアではそれぞれ異なる反応を招きました。こうした問題について、それぞれのお国での政府と市民の反応、またそれが対日認識に影響を及ぼしているか否かについても、各先生方にお答えいただけますでしょうか?

王 偉(中国社会科学院日本研究所教授):
二つの問題は、中国では大きな話題になりました。まず安倍談話への中国政府の対応は穏やかで、一般論にとどまったと言えると思います。歴史を直視し、実際に行動で示すことが重要、と言うにとどまりました。安保関連法については、「懸念する」ということは言いましたが、それ以上に踏み込んだ批判は控えたと思います。

中国国民の方は、[安倍談話と安全保障関連法の]両方ともに不満が強かった。それは、私が先に紹介した今年の中国での世論調査で「日本は軍国主義国家である」との回答が多かったことにも反映されています。

安倍談話については、村山談話のように「侵略戦争」と言わず、「反省」や「おわび」も [具体的には]言わなかったことへの不満です。日本の起こした戦争については、[安倍談話が] 世界の情勢の中で日本国家としてそうせざるを得なかったといったニュアンスだったことへの反発や不満があったと思います。安保関連法については、それによって日本の自衛隊が海外で戦争ができるようになります。中国国民には歴史的記憶があって、国民として反対した、ということだと思います。

大野:安倍首相は談話の中で「[日本の戦争責任に関連しての謝罪に関連して]日本の子々孫々まで負荷を負わしてはならない」という趣旨のことも述べましたが、中国での受けとめ方はどうでしたでしょうか?

:日本政府はこれまで何回か謝罪やお詫びを言っていますが、一方で首相らが靖国神社に参拝したり、[安倍首相が]「侵略の定義は [学界的にも、国際的にも] 定まっていない」などと発言したりして、本当に謝罪したのか、何を思っているのかわからないという見方が中国にはあります。言葉だけの謝罪やお詫びではなく、特に政治家に対しては、心から謝罪している、反省しているという行動を期待しています。

「子々孫々---」についてはまさにその通りなので、歴史を覚えて、歴史の誤りを繰り返さないという自省的な姿勢を示してほしいと思います。

金 泳徳(韓国コンテンツ振興院海外調査チーム長):
日本の安倍談話と安保関連法については、韓国のメディアや市民社会の関心は高かったと思います。安倍談話についてですが、過去への認識の問題についてはその前からずっと関心があり、期待が高かったわけではないので、新聞の社説は全般に淡々とし、冷静な見方という印象でした。ある新聞の社説を簡単に紹介すると、真の謝罪はなく、納得はいかないが、日韓関係をこれ以上、悪化させてはいけない、早く[韓日]首脳会談をすべき-といった論調でした。

安保関連法ですが、日本も戦争することが可能になったということで、警戒や憂慮する論調も多かった。ただ、韓国は北朝鮮との間で[軍事的] 緊張関係をはらんでいるので、[日本の安保法案成立が] 北朝鮮への抑止力につながるという見方も韓国社会にはあります。日本のメディアが伝えるような「平和憲法の崩壊」などの見方とは違う見方があったのも事実です。

バクティアル・アラム(国立インドネシア大学人文学部上級講師):
日本の安倍談話と安保関連法については、先ほどの発表の中で言いました。一つだけ付け加えると、インドネシア、タイなどが「親日国」というような言い方ですが、それは余りには単純化した言い方と思います。インドネシア人は日本に対しておおむね良好なイメージを持っていますが、戦時中に起きたことを忘れているわけではありません。教科書にはちゃんと[過酷な]日本軍政時代のことが述べられています。

インドネシアの対日観は中国や韓国とは違いがあります。このあたりは、中国・韓国の先生方にも、インドネシアなどの対応[対日感情の改善など]についてどのような印象をお持ちなのか、だらしないと思うのかどうかなど、お伺いしたいです。

中国や韓国と違う要因として、二つ挙げられます。一つは、インドネシアは日本軍政以前に長くオランダの植民地でした。フィリピン、マレーシアなども[欧米列強の植民地だった点で]同様です。

日本以外の国にも占領された経験があるが、だからといって、日本軍政が許されるというわけではありません。インドネシアのパブリック・ディスコース(公の言説)では、オランダは350年の植民支配、日本は3年半の軍政をしたが、日本の方が厳しかったとされています。日本軍政がいかに過酷で、残酷なものであったかということです。

もう一つは、インドネシアでは日本の統治が終わった後で、スハルト政権などインドネシア政府への批判が起きます。政権の腐敗や人権侵害の問題で、それらはすごくオープンに語られています。日本人だけではなく、インドネシア人も非常に残酷なことをしたということで、日本の占領が相対化されています。私が先にも述べましたが、自分の過去と向き合うのは非常に難しいというのはそういうことです。

カール・イアン・ウイ・チェンチュア(アテネオ・デ・マニラ大学日本研究科長):
アラム先生に同感です。

フィリピンでは、安倍談話についてメディアでも余り取り上げられていません。第2次世界大戦を研究している学者の間では安倍談話に対して批判が強いですが、日本人に関わりのないミンダナオ島などの辺境の人たちにとっては、関心も意見も余りありません。

戦後70周年について、フィリピンではそう祝っていませんし、それを期するイベントもそんなにありません。このため、安倍談話についても、そう語ることがありません。

ミンダナオ島では今も [イスラム教徒武装組織と政府軍との間の] 内戦があります。自国の中で解決しないといけない問題があり、外交まで考える余裕が余りないとも言えます。

大野:インドネシアやフィリピンの対日観が今は中国や韓国のものとは異なる要因に関連して、日本がこれから中国・韓国との関係を改善し、市民の感情を好転させるうえで、インドネシアやフィリピンの研究者の方から、経験上の教訓がありましたら、ご指摘いただけますか?

アラム:アメリカの歴史学者らが共同の声明で指摘したような「民族主義的暴言」、あるいは「政治的利用」、つまり中央集権的な政権、覇権を強める政治権力にとっては、外国の敵をつくることが自分たちの利益に資すことになります。インドネシアでは、1965年にクーデターの「9.30事件」が起きましたが、その時にインドネシア陸軍は中国共産党を「仮想敵」扱いし、スハルト政権は国内の華人とそうでないイスラム教徒たちを分離する政策を採りました。華人に支配されるとか、原理主義的なイスラム教徒に支配されかねないとかいう理屈からです。それは政治的権力の語りです。

そうしたものに飲み込まれず、それを超越して、政治権力から見た対日観とかではなく、我々自身が見たり、感じた日本観・中国観・韓国観を養うことができるかどうか、それがこれからの大きな課題だと思います。

チェンチュア:私も同感です。国の[主導する]報道があっても、個人の報道・見方はそれと違って統一する必要はありません。自分の対日観があって、日本人と友だちになれば、それで十分です。政治的影響、メディアの影響はありますが、自分が最初に判断することが大事なのではないかと思います。 

大野:先ほどアラム先生からご質問がありましたが、東南アジアにおける日本観、安保関連法への関心の低さなどについて、中国・韓国の先生からコメントがありましたら、お願いします。

:中国と日本との関係は、国民感情も含めて複雑です。日中の間には、長い交流の歴史もありました。[明治維新以降は]中国も日本から多くのことを学び、社会科学のいろいろな言葉を含め、多くのことを日本から学びました。非常に影響し合う国同士といえます。

東南アジアでは日本の支配より前に[欧米列強の]植民地支配がありましたが、中国は日本との関係が非常に濃かった。中国の近代史はある意味で「日本との近代史」と言っても過言ではありません。

中国は東南アジア諸国とは違ってまだ日本を許していないか、といえば、実はそうではありません。日中間の問題は、教科書問題にしても、靖国神社参拝にしても、ほとんどが日本の政府や政治家の言動によって争いが引き起こされています。

また、日本の中国における[第2次大戦中の]侵略行為は、たぶん[インドネシアなどとは] 比べものになりません。中国の国土の半分以上で戦禍に巻き込まれ、南京大虐殺もありました。虐殺の犠牲者の数については30万人、20万人、3万人などの言い争いはありますが、事件があったことについては証明されています。日本政府がそうした行為について本当に反省し、言うことと行動が一致すれば、中国が許さないということはありません。そこが一致していないから、紛争が起きるのです。

アラム先生のおっしゃるように、自分の国の歴史と真に立ち向かわないといけないのは、私も賛成です。中国でも共産党と国民党の戦争がありました。そうしたことも含めて、自分の国の歴史に真に立ち向かい、もう一度、整理することが大事と思います。

:韓国はインドネシアなどとは[日本の]加害の度合いが違うし、イメージを具体化するのは難しいです。印象論でインドネシア・日本関係を語る危険性もあるとおもいます。インドネシアは日本から侵略されているにもかかわらずのことなので、アラム先生の言ったような立場です。具体性の欠けている、単純なイメージで物事が語られているような印象を持ちます。

大野:時間の制約もありますので、最後に未来志向のテーマについて議論し、このパネル・ディスカッションを終えたいと思います。

日本政府(内閣府)はここ30年余り日本国民を対象にした「外交世論調査」を続けていて、中国、韓国、アメリカなどに対する親近感を調べています。ここで昨年(2014年)10月実施の調査では、日本人で中国に親近感を覚える日本人は14.8%、韓国に「親しみを感じる」と答えた日本人は、韓流ブームの到来で60%を超えた時期もありましたが、昨年は31.5%で、ともに調査開始以来、最低との結果が出ています。

懸念される調査結果ですが、ただ、20歳代に限ると、中国・韓国への親近感が最も高く、韓国に対してはちょうど50%と高く、また性別では女性の方が男性よりも高い傾向が特に韓国に対しては顕著です。 こうした年代や性別による傾向は、中国や韓国でも [対日観などで] あるかもしれません。日々、若い学生たちと対峙している大学教員として、将来に希望を持たせてくれる数字です。

本日は、今日、わたしたちを取り巻く様々な複雑な問題について発表したり、議論していただきましたが、ご発表の教員は様々な実践もしていると思います。そうしたことも含め、今後、市民の相互理解の深化、相互認識の改善に向けて、政府や市民社会が留意すべきことなどを、お一人ずつ語っていただけますか?まずは辰巳さんからお願いします。

辰巳 頼子(清泉女子大学地球市民学科准教授):
先ほど言ったことの繰り返しかもしれませんが、私たちが「国民」として他の国の人を見るとき、均質化した見方をせざるをえない、その時点で単純化されていることを忘れてはいけません。

それと、実際に生きている人たちのなりわいを見て、何を見ていて、どういうものが好きなのかに常に注目していきたいです。

日本の国民が右傾化しているという言い方があります。一面では正しいかもしれないけれども、実際のやりとりや言葉をよく見てみると、そうとも言いきれません。そうしたことも頭に入れて、未来志向で、手を携えるところを探して、心が動くポイント、例えば素晴らしいコンテンツを共有しているとか、歴史の共有とかですが、自分たちがプライドを持てるような共有のポイントを少しずつ探していく。それは、私自身がやりたいことと言えるかもしれません。

松井ケティ(清泉女子大学大学院地球市民学専攻教授):
地球市民学の中にそういう考えがありますが、メディアの情報を鵜呑みにせず、自分できちんと情報を選び、批判的な思考をして、そうした中で実際にはどのような動きが政府にはあるかなどをよく見ていく。そして、自分がどういう姿勢で行動していくのか、自分たちの教育の中で議論していきたいです。

また、私たちはこれからどのような選択をして、住みやすい社会に向けてどう変えていくの、そうしたことを一緒に議論していきたいと思います。

チェンチュア:私が言いたいことは若者だけでなく、すべての人に対してです。私たちは永遠に勉強する必要性があります。その勉強は、公式の義務教育のことではなくて、情報が簡単に手に入る情報社会の中で、その情報が本当かどうかを見極めないといけません。情報は省略化されていることもあり、何が消されているかを探さないといけません。

そして、実際に見ることが大事です。例えば、フィリピンに興味があるのならば、実際に見に来てほしいです。そこで経験をしないと、[何かを言うにも]証拠がありません。イスラムを語るときでも、イスラムの人たちに接していなければ、それを言う権利はなくなると思います。永遠に勉強しないといけないという意識を持つことが大事です。

アラム:地球市民学科というのは、今の日本には非常に大事だと思います。日本の右傾化についてはいろいろな見方があると思いますが、日本で留学希望者はどんどん減っています。今の日本人、特に若い世代は内向的になりつつあるのでは、との懸念を持っています。

インドネシアでもバイリンガル教育が絶対に必要と思っています。子供のころから英語で勉強することが大事です。私はハーバード大学に留学し、息子の一人も米国に留学する予定ですが、世界を知り、地球市民になるには、まず自分でコミュニケーションがとれるようにならないといけません。

私はこの夏もアメリカに1カ月滞在しましたが、日本人は少なくて、中国人だらけでした。中国人は英語もできない人も多いが、世界に出ていこうというハングリーさは大事です。今の日本人はそういうハングリー精神がなくなっているのではないでしょうか。インターネットとコンビニがあれば生活できると思っていないかどうかです。

外国語を学んで、いろいろな国に行って、国にとらわれない発想をすること、それが地球市民にとって一番、大事ではないでしょうか。国の見方で物事を見るのではなく、自分の見方を養うということです。

地球市民学科の今後に期待したいと思います。

:現実的な方法として、三つのことを提案したいと思います。一つは、人に対するイメージ形成ではメディアの影響が一番強いと思います。イメージを相対化や客観化をするには、メディアのフレームを変えていく必要があると思います。政治部出身の多い今の特派員体制では、政治関連の記事が非常に多いですが、そこでは国益がぶつかることが頻繁に起こり、イメージが形成されることが多いと思います。そこで、文化専門の記者を[特派員として相手国に送って]相手国の文化関連の記事が増えれば、より良い相互理解につながるのはないかと思います。

もう一つは、世論調査における尋ね方の問題です。これは韓国において特に重要です。日本の物づくり、日本社会のきれいさ、秩序の守り方などについて訊けば、[日本への]信頼度はもっと高く出ると思います。韓国人が「日本」と訊かれた場合にはまず歴史的な認識と考えがちで、どうしても否定的な答えが多くなってしまいます。訊き方を変えて世論調査をすれば、日本人あるいは韓国人に対して、政治面だけでなく、多様な見方ができるようになると思います。

また、3年前までは円高でしたが、このところは円安です。[こうした経済情勢下で日本人が]もっと韓国で就職して、韓国社会で経験の幅を広め、それを深めてくれることも期待したいと思います。

:私はアラム先生のご意見に同調したいと思います。きょうは、私たちの調査の結果の一部だけを紹介しました。その中で、日本に行ったことのある中国人は、そうでない中国人よりも対日イメージが良いと指摘しました。それだけではなくて、中日関係の今後の見通しの面でも、日本に行ったことのある中国人の方がそうでない中国人よりも良い評価をしているとの結果が出ています。人的交流がいかに大事かということです。

この面で中国から日本を訪れる人は観光客を含めて大幅に増えていますが、日本から中国を訪問する人は減っています。中国にはPM2.5や食品の安全の問題などがありますが、実は [1978年以降の] 中国の改革開放以前よりはあらゆる面で良くなっています。改革開放以前、日本人は若者もお年寄りも結構、たくさん中国を訪問していました。中国の実情を知るためには現地に行かないといけません。

ご来場のみなさまにはぜひ中国を訪れて、実際の中国を見て頂きたいです。中国が恐ろしいという日本人もいるようですが、絶対に辛い思いはしないと思います。 (聴衆から笑い)

大野:これまで長時間のご発表、質疑・論議をして頂き、いくつかの貴重なご提案も出されました。すべてをまとめることは困難ですが、最後に、いくつかまとめのコメントをさせて頂きます。

一つは、市民社会としてできることは、さらなる人の交流であり、それが相互理解につながるということです。王先生のご発表にあったように、日本を訪問した中国人の方が対日イメージも良好との調査結果があります。日本を訪問する中国人、韓国人らの外国人が激増しているのは日本にとっては追い風ということでもあります。

一方で、中国や韓国を訪れる日本人は、円安や[中国・韓国に対する]マイナス・イメージの影響なのか、減少が顕著です。それでも、留学生として中国や韓国に向かう日本人はずっと増え続け、中国への留学生は [減少傾向にある] 米国への留学生を数の面で上回っているのが現状です。この会場にも海外に留学した学生がいますが、こうしたバイリンガルとなって[国と国を結ぶ]ブリッジング人材となる若者を、奨学金を付けることも含めて後押しすることが重要です。内向き志向と言われる日本の若者たちの目をもっと外に向けるようにし、内向きにならない学生を増やす教育がますます重要だと思いました。

また、アラム先生がご発表の中で指摘した「[インドネシアでは] 市民主体の日本観が形成されている」という言葉も大変、印象に残りました。市民が一部の政府・政治家の発言を妄信したり、いい加減な情報に振り回されないメディア・リテラシーを身につけること、またそういう市民が増えることが、国家間や政府間の対立を緩和したり、克服する大きな力になることが重要と思いました。

ご発表の中では、日本国内におけるマイノリティの問題も取り上げられました。在日コリアンらマイノリティに対するヘイトスピーチ拡散への懸念は、日本国内だけでなく、近隣アジアの人たちからも注目されていて、日本が多文化共生社会を形成できるのか、それとも国粋主義的な動きを強めていかないのか、注目を集めていることがわかりました。

中国、インドネシア、フィリピンもそうですが、アジアの大半の国々は多文化・多民族の国家であって、「多様性の中の統一」ということでまとまっているわけです。日本の国内のマイノリティの可能性を考え、その受入れも含めて、地球市民として日々、実践していかないといけない課題と感じました。

また、市民として [日本と近隣アジア間の] 関係改善の方策、そこには留学の促進やバイリンガルの養成もあるわけですが、我々が実践せねばいけないことがまだ多々あることを、本日の長い議論を通じて改めて感じました。

最後に、このシンポジウムのために、中国、韓国、インドネシア、フィリピンから遠路、来ていただき、長時間のご発表・ご議論をして頂いた先生方に感謝し、[海外から招待の4名を含む] ご発表のみなさまに拍手をして、このシンポジウムを終わりたいと思います。

ありがとうございました。(聴衆全員が拍手)

(以上、敬称略)


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東アジアの相互理解に向けて議論するパネリストたち

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報告や議論を熱心に聴く参加者たち(清泉女子大学1号館140教室で)


報告者のプロフィール

王 偉氏(中国社会科学院日本研究所教授、同研究所日本社会室研究員)
創価大学文学部社会学科卒業。専門は、日本社会・日本社会保障。この10年余り中国人の対日意識・感情に関する世論調査にあたっている。著書に『日本青年のシルエット』『世紀の境目にある都市と農村の家族』(1999年、共著)、『日本の社会保障制度』(2014年)などがある。

金 泳徳氏(韓国コンテンツ振興院海外調査チーム長)
韓国生まれ。上智大学文学研究科博士課程修了。2010年から4年間、韓国コンテンツ振興院日本事務所所長。専門は大衆文化産業論。共著に、『メディア文化と相互イメージ形成-日中韓の新たな課題(新版)』(2014年)、『韓流、アジアを超え世界へ』(韓国語、2009年)などがある。

バクティアル・アラム氏(国立インドネシア大学人文学部上級講師)
米国ハーバード大学で博士号(社会人類学)取得。東京大学大学院客員教授、インドネシア大学理事等を歴任。著書にTerritories of Conscience (2013)、Perceptions of Japan and the Japanese by Filipinos and Indonesians (2002、共著)などがある。

カール・イアン・チェンチュア氏(アテネオ・デ・マニラ大学日本研究科長、同大学准教授)
シンガポール国立大学で修士号(日本研究)、一橋大学で博士号(社会学)を取得。専門分野は、日本の歴史・日本とフィリピンのポピュラーカルチャーなど。共著に、Controversial History Education in Asian Contexts (2013)、Imagining Japan in Post-war East Asia (2014) などがある。

松井ケティ氏(清泉女子大学文学部地球市民学科教授、同大学院地球市民学専攻教授)
米国ゴンザガ大学で博士号(リーダーシップ研究)取得。日本平和学会、アジア・太平洋平和学会など所属。清泉女子大学で国際交流委員会委員長も務める。著書に『幸福へのアプローチ』(2001年)、Lessons from WWII Comfort Women(2012)などがある。

※ 本シンポジウムは、清泉女子大学の助成金と、科学研究費補助金(基盤研究C)「アジアの中のステレオタイプ『反日』と『親日』-対日感情差異の要因分析」(研究代表: 大野俊、課題番号: 15K03867)を活用して開催されました。

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